自然に包まれて意識を満たす「贅沢」
2016年秋、私は一人、フィリピンのマニラに向かっていた。
目的は、ただひとつ。
マニラ首都圏から車で南東へ約2時間、リパ市郊外のマララヤ山の裾野に広がるラグジュアリーリトリートホテル、「ザ・ファーム」に滞在するため。
リクエストしていた空港からの送迎の車中、簡単な挨拶を済ませたドライバーが、CDをかけていいかと聞いてきた。私は「もちろん」と答えたものの、地元のポップスなんかだと、ちょっとな…、なんて考えたその時、スピーカーからジャングルを吹き抜ける風の音、鳥の声、水のせせらぎが響きわたり、女性の声が優しく語りかけてきた。
「Welcome to The Farm」
気がついたら涙があふれていた。
ああ、やっとここまで来たんだ。
青山にあるオーガニックサロン・シンシアガーデンと共に開発に約2年の月日をかけたコスメブランド、「NEROLILA Botanica」のローンチを無事に終えたばかりの私は、疲れきっていた。
自分の中がからっぽで、スカスカなスポンジ人間みたいに感じていた。想い描いた以上のコスメが誕生し、次の目標を失ってしまっていたのだと思う。今思えば、ただの燃え尽き症候群なのだけれど、心もカラダも悲鳴を上げていたようだ。
日常からの“エスケープ”だけを望み、友人セラピストの勧めで選んだ「ザ・ファーム」は、最高の選択だった。
朝は、参加自由のヨガとメディテーションで1日がはじまる。
雄大なマララヤ山を見ながら呼吸を整えると、遠く離れてしまったように感じていた魂が、自分の中心に戻ってくるように感じた。
フィリピン伝統のハーブトリートメントや、医療従事者による腸内洗浄などをオプションで受ける以外は、雨季でスコールも多かったから、広い庭付きの部屋でひっそりと過ごした。
4泊の間、東京から持参した5,6冊の本はほとんど開かれることはなく、読みかけの本を1冊読み終えただけ。
一人の滞在は時間も気持ちも持て余すかと思ったけれど、フィリピン人スタッフはみな笑顔でフレンドリーだし、いい距離感で話しかけてくれたから、人恋しくなることは一度もなかった。
「ザ・ファーム」には決して華美なしつらえはない。
けれど、敷地内で栽培される無農薬野菜と果物を毎日たっぷりと食べられること、自家農園で採取する非加熱のオーガニックココナッツオイルから作られたアメニティなど、私が思う「贅沢」がそこにはあった。
そんな環境の中、ヨガや内臓のデトックスで身体が空っぽになっていくほどに、頭の中心、スカスカだと感じていた意識は満たされ、静かに拡張していくようだった。
午後には東京に帰るという滞在最終日、連日のスコールが嘘のように晴れた。
出発までの時間、私はインフィニティプールに浮かんで空を眺めてみた。
まだ東京でやりたいことがある。
熱帯のまぶしい光の中、じんわりと温かい力が内側から湧いてくるのを、私は感じていた。